広島地方裁判所 昭和28年(行)11号 判決 1955年4月14日
原告 松田秀人
被告 広島県三原県税事務所長
主文
被告が昭和二十八年九月七日原告に対する入場税滞納処分として為した別紙目録記載の不動産に対する差押処分は之を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、主文と同趣旨の判決を求め、その請求の原因として被告は昭和二十八年五月より同年七月頃までの間に原告に対し地方税法第七十六条第三項、第八十六条、第九十四条第一項の規定により原告が三原市港町六百七十二番地の二のパチンコ遊技場、同市城町六百二番地の一、六百四番地の一合併二六のパチンコ遊技場の経営者であるとして入場税として同年五月分九万八千百円、同年六月分八万七百五十円、同年七月分七万五千円の更正決定又は不申告による税額決定をなし且つ右各決定に基き同年五月分の内金五万三千円、同年六、七月分の全額合計二十万八千七百五十円につき昭和二十八年九月七日その滞納処分として原告所有の別紙目録記載の不動産(以下単に本件不動産と略称する)を差押えた。
しかし右差押え処分の前提たる前叙更正決定及び不申告による税額決定は次に述べる理由により当然に無効である。即ち地方税法第七十六条第三項によればパチンコ遊技場の入場税は当該施設の経営者に対して課せられるものであるが原告は同年五月より七月に至る間前述の港町及び城町のパチンコ遊技場の施設を経営していたことはない。原告は嘗て昭和二十七年六月十五日三原市港町六七二番地の二に営業場を設け、次で昭和二十八年二月十四日更に同市城町六〇二番地の一、六〇四番地の一合併二六に営業場を設けて「パチンコ遊技場ラツキー」を経営していたが、昭和二十八年三月三十一日右経営一切を廃止し、同年四月一日訴外株式会社ラツキーが設立され、原告がその代表取締役に就任すると共に右遊技場の施設一切を同会社に貸与し爾後同会社において右借受けた施設によりパチンコ遊技場を経営するに至つたものである。そうすると右更正決定及び不申告による税額決定は施設の経営者でない原告に入場税を課したもので重大な過誤であるというべく、しかも原告が施設の経営者でないことは昭和二十八年四月二十日頃原告が個人名義で自己のパチンコ営業を廃止する旨を被告に届出ている事実、同会社がその頃被告に対し設立申立をなし且つ遊技場経営等の事業の開始を届出ている事実、原告が同年四月五日遊技場経営に必要な風俗営業の許可を所轄警察署長に返納し、同月六日新たに同会社に於て許可を得ている事実、同会社の定款に目的を遊技場の経営と定めて居り、且つ創立総会に於て前記二ケ所の遊技場を設置することを議決している事実、同会社が右二ケ所の遊技場経営のため経費を支出して経理している事実、昭和二十八年七月一日同会社が会社名義を明示して本件遊技場のパチンコ台数変更届を被告に申告している事実等により客観的に明白であるから右更正決定及び不申告による税額決定は重大且つ明白な過誤に基くものとして無効であるといわねばならない。従つて又右滞納処分は賦課処分がないのになされたことに帰着し違法であるから取消さるべきである。
原告は昭和二十八年九月七日右差押処分通知を受けたので、同月十七日被告に対し異議の申立をなしたが、同月十九日右異議申立を却下せられたのでここに右差押処分の取消を求めるため出訴したものであると述べ、被告の主張に対し原告が被告に対しその主張の納付申告書を作成提出するにあたり原告氏名の表示に右会社代表者の肩書を附しなかつた事実、被告の決定が原告個人に対しなされたものであるのに原告が異議を申立てなかつた事実、被告主張の日原告が納期の猶予を求め且つ分割納付する趣旨の誓約書を作成提出するにあたり原告氏名の表示に右会社代表者の肩書を附しなかつた事実はこれを認めるけれども、これらはいずれも原告が法規に暗いところから生じた結果であつて、原告が自ら経営者であると認めたために斯様な行動に出たのではないからこれら事実を以て原告が遊技場経営者であるかどうかを決する資料とすることはできない。なお被告は原告が入場税特別徴収義務者としての登録を申請しながら登録変更の申請をしていないので原告において入場税納税義務を負担するものと解すべきであると主張するけれども右変更登録申請を命ずる条例規定は訓示規定に過ぎないからこれに違反したとてそのために実体上原告に納税義務を負担せしめる効果を生ずるものではない、よつて被告主張は失当であると述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、答弁として被告が原告主張の頃その主張のような理由によりその主張どおりの更正決定及び不申告による税額の決定をしたこと被告が右各決定に基き原告が主張する日時にその主張する金額につき滞納処分として原告主張の如き不動産を差押えたこと、原告がその主張日時にその主張場所に於て各パチンコ遊技場の経営を初めたこと、原告主張の如く訴外株式会社ラツキーが設立され原告がその代表取締役に就任したこと、原告がその主張の日時被告にパチンコ営業を廃止する旨届出でたこと、右会社が原告主張日時被告に対し設立申告をしたこと、並びに原告主張の日時頃その主張する如き異議の申立があり之を却下したことは夫々認めるが、その余の事実は否認する。原告は昭和二十八年五月から同年七月までの間にも引続き個人として従前の場所でパチンコ遊技場を経営していた者であつてそのことは原告が被告に対し昭和二十八年四、五月分及び七月分の入場税納付申告書を作成提出するにあたり右書面上に代表者としての肩書のない原告個人の氏名を表示している事実、原告が個人として右入場税四月分の全部及び五月分の一部を納付している事実、原告主張の各更正決定及び不申告による税額決定は原告個人に対しなされたものであるのに原告がこれに対し何等の異議をも申立てなかつた事実、昭和二十八年八月二十四日原告が被告に対し右各決定にかかる税額につきその納期の猶予を求め、且分割納付する趣旨の誓約書を作成提出するにあたり右書面上に右会社代表者の肩書を附せず原告個人の氏名を表示している事実によつてもこれを窺い知ることができる。従つて被告の原告個人に対してなした右賦課処分は何等納税義務者を誤認してなされたものではなく、原告主張のような無効原因はない。又仮りに原告が昭和二十八年五、六、七月に個人としては既に遊技場経営をやめていたとしても昭和二十五年広島県条例第五十六号広島県税条例第二十九条の二には入場税の納税者は経営を開始するに際しては知事に対し入場税納税者としての登録を申請すべく又後にその登録事項に変更を生じたときは一定期間内に登録変更を申請しなければならない旨定められており、而して右規定は入場税特別徴収義務者としての登録を申請したが(昭和二十七年以前には入場税納税者が経営を開始するに際しては入場税特別徴収義務者としての登録を申請すべきものとして取扱われていた)後にその登録事項に変更を生じた場合にも適用されると解すべきであるところ原告は三原市港町のパチンコ遊技場については昭和二十七年六月十六日、同市城町のパチンコ遊技場については昭和二十八年二月十六日それぞれ入場税特別徴収義務者としての登録を申請しているがその後経営者が変更したことによる登録変更の申請をしていないので右登録の申請の趣旨に従い恰も原告が経営者であるが如く原告において入場税納税義務を負担するものと解すべきである。従つて原告に対して課税した右賦課処分は結果において正当であるというべきである。以上いずれにするも賦課処分は有効であるから右賦課処分に基いてなした本件滞納処分に違法はなくその取消を求める原告の請求は失当であると述べた。(立証省略)
理由
被告が昭和二十八年五月より同年七月頃までの間に原告に対し地方税法第七十六条第三項、第八十六条、第九十四条第一項の規定により原告が三原市港町六百七十二番地の二のパチンコ遊技場、同市城町六百二番地の一六百四番地の一合併二六のパチンコ遊技場の経営者であるとして入場税として同年五月分九万八千百円、同年六月分八万七百五十円、同年七月分七万五千円の更正決定又は不申告による税額決定をなしたこと、被告が右各決定に基き同年五月分の内金五万三千円、同年六、七月分の金額合計二十万八千七百五十円につき昭和二十八年九月七日その滞納処分として本件不動産を差押えたこと、原告が昭和二十七年六月十五日三原市港町の前記場所に、翌二十八年二月十四日に同市城町の前記場所に、夫々営業場を設けてパチンコ遊技場の経営を開始したこと、原告は同年四月二十日頃に被告に右事業の廃止を届出たこと、同年四月一日訴外株式会社ラツキーが設立され原告がその代表取締役に就任したこと、及び同月二十日頃被告に対し右会社の設立が申告せられたことは夫々当事者間に争のないところである。
そこで昭和二十八年五月より同年七月までの間における前記二箇所の遊技場の経営者が原告個人であつたかどうかということにつき審按するに昭和二十八年四月一日に訴外株式会社ラツキーが設立され、原告がその代表取締役に就任したという前記争のない事実に成立に争のない甲第一乃至三号証、及び第十号証並びに証人佐々木秀雄の証言及び原告本人の供述によつて真正に成立したものと認められる甲第十一号証、同第十五号証の一乃至二十一、並びに原告本人の供述によつて真正に成立したものと認められる甲第十三、十四号証及び甲第十六号証の一、二前顕佐々木証人証人角森義燈の各証言、並びに原告本人の供述を綜合すれば、右株式会社ラツキーは本店を三原市城町六〇二番地、六百四番地合併二六に、支店を同市港町六百七十二番地におき夫々パチンコ遊技場の経営を目的とするものであり、原告外七名が発起人となり成規の手続を経て創立総会を開き定款を作成し設立登記をなしたこと、昭和二十八年四月頃被告に対して原告個人の事業廃止申告書を提出し、本件二ケ所の遊技場についての個人経営の廃止を届出で、その届書に廃止の事由として昭和二十八年四月一日「法人成」と摘要の欄に法人の商号「株式会社ラツキー」と記載し法人成立の事実を明らかにし、更に昭和二十八年四月十八日法人税法第四十六条の四第一項の規定により、三原県税事務所に法人設立申告書を提出して株式会社ラツキーが設立されて、同社は三原市城町六百二番地の一、六百四番地の一合併二六に本店を設け、原告を代表取締役として遊技場の経営をなすを目的とするものである旨を届出で、同年四月六日には三原市警察署長より、本件二ケ所の遊技場について株式会社ラツキーが創立されたことにより法人としての風俗営業許可を受け、同年七月一日には被告に対し、株式会社ラツキー代表取締役松田秀人名義で港町に於ける遊技場のパチンコ台数変更届書を提出し、又三原市城町の駅前ラツキーの店頭には「株式会社Lucky」という商号を大書した看板を掲げてパチンコ営業をなし、その施設毎にその入場料金等の収入並びに諸経費、諸支出について、日々の収支の明細を記載した帳簿その他の紙片により佐々木税理士に連絡し、同税理士が之に基ずき株式会社ラツキー本店総勘定元帳(甲第十五号証の一乃至十一)支店関係総勘定元帳(甲第十五号証の十二乃至二十一)に記帳したこと、右商業帳簿の記載内容には訴外株式会社ラツキーが本件二ケ所の遊技場につき、昭和二十八年四月以降従業員を使傭して場内を整備し景品を仕入れ入場料金を収納し、その他業務についての経理をなしていた旨の記載があるが原告個人の生計費とみるべき費目の記載のないことを認め得べく右各認定事実に前顕佐々木証人の証言、原告本人の供述を綜合すれば本件二ケ所の遊技場施設の経営は、昭和二十八年四月以降は原告個人が之をなすものではなく、右施設は訴外株式会社ラツキーが原告より諸設備を借受け原告に変つて経営するに至つたことを認めるに十分で右認定を左右するに足る何らの証拠もない。もつとも原告が昭和二十八年四、五月分及び七月分の入場税納付申告書を作成提出するにあたり原告氏名の表示に右会社代表者の肩書を附しなかつた事実、被告の原告個人宛になした決定に対して原告が異議を申立てなかつた事実、原告が昭和二十八年八月二十四日に被告に対し右滞納税額につき納入の猶予を求め、且つ分割納入を誓約する趣旨の誓約書を作成提出するにあたり原告氏名の表示に右会社代表者の肩書を附しなかつた事実は争いのないところであるけれどもこれらはいずれも原告が法規に暗いところから生じた結果であつて、原告が自ら経営者であると考えたためにこのような行動をとつたのではないと解する余地があるからこれら事実を以て原告が経営者ではないという前認定事実をくつがえす資料となすに足らない。果して然らば被告が原告個人に対してなした本件の賦課処分は、被告課税庁に於て納税義務者の何人であるかを誤認した処分といわなければならず、右過誤は当該処分のうち最も基本的な部分に関するものと言わざるを得ないから、右賦課処分には重大な瑕疵が存するものと言える。次で右瑕疵が客観的に明白であるかどうかにつき按ずるに昭和二十八年四月二十日頃原告が被告に対しパチンコ遊技場経営の廃止を届出たことは前記のとおりであるが右届出を受理した被告又はその補助者がその地位にある者として通常の判断をなす限りは右パチンコ遊技場の入場税の賦課にあたり右届出事実が真実であるかどうかを調査すべきであるとの判断に容易に達する筈であり(入場税を取扱う係員以外の者がこの書面を受理したとしてもこれを入場税を取扱う係員に交付すべきは当然である。)而してその調査にかかつた以上は右会社の定款、右会社に関する登記簿等確実性のある資料により右会社が現存し前記城町の遊技場の所在地を本店とし前記港町の遊技場の所在地を支店として遊技場を経営するものであつてこれと相容れない原告の遊技場経営は廃止されたものであるという判断に容易に到達するであろうことは各成立に争いのない甲第一号証、同第十号証、検証物としての同第十四号証原告本人の供述を綜合してこれを認めることができるからこのような判断に到達せず、よつて原告に経営者として入場税を賦課した前記処分は客観的に明白な瑕疵を帯びるものというべく、本件賦課処分は重大且つ明白な瑕疵を帯びるものとして当然に無効であるといわざるを得ない。なお被告は仮りに原告が昭和二十八年五、六、七月に個人としては既に遊技場経営をやめていたとしても昭和二十七年六月十六日及び昭和二十八年二月十六日に入場税特別徴収義務者としての登録を申請しているがその後経営者が変更したことによる登録変更の申請をしていないので恰も原告が経営者であるが如く原告において入場税納税義務を負担するものと解すべきである。従つて原告に対して課税した本件賦課処分は結果において正当である旨抗争するけれども入場税の特別徴収義務者又は納税者に対して登録申請義務を課し且つ登録事項に変更を生じた場合に変更登録申請義務を課した地方税法及び広島県税条例の規定(地方税法第八十九条条例第二十九条の二)はいずれも特別徴収義務者又は納税義務者を登録により一見明瞭ならしめて課税事務の便を計ろうとする趣旨の訓示規定であると解すべくこの規定に反し登録を申請しなかつた者に対し本来納税義務なきにかかわらず、登録不申請を理由として納税義務を負担せしめるというような強い効力を定める規定とは解し難いから原告が経営者変更による登録変更申請をしないことを理由として原告が納税義務を負担するとする被告の右主張は失当であるといわねばならない。本件入場税賦課処分が無効であること以上の通りであるから、この賦課処分に基き滞納処分としてなした別紙目録記載の不動産に対する差押は違法として取消さるべきである。而して原告が右滞納処分後三十日以内である同月十七日、被告に対して右差押処分に対する異議を申立てたが却下せられたことは当事者間に争のない事実であるから、本訴は適法であるといわねばならない。よつて原告の本訴請求は正当であるから之を認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 柴原八一 柚木淳 林田益太郎)
(目録省略)